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山のてっぺんの秘密基地を持っていた滝壺冒険隊

子どもの頃にしてた、今では考えられないことは?それは本当に危険な探検。

小学校低学年の頃、近所の子ども仲間を集めて遊んでいた。そこは山深い炭鉱町。
英山(はなぶさやま)のてっぺんに、名前も知らない一本の木があった。それは樹皮が残っていたものの枯れる寸前の10メートルか15メートルくらいだったと思うがやけに高く感じられたのっぽな木だった。何故なら枝があまりなく一本の柱のようで上の方に枝があった。その枝にリンゴの木箱を2つか3つ組み合わせた秘密基地を作って町中を見渡して優越感にひたっていた。
 風が吹くと暑い日も何のその木がゆらゆら揺れて気持ちがよかったなー。

 ある日、近所のおばあさん達がお不動さんの滝にいってご神木の下からお不動さんを掘り出しておまつりする為に出かけた。しかし急に大雨になり、何人かが亡くなり生き残った人達も沢に落ちて歯を折ったり骨折したりと大けがをした。

 翌日、父親から絶対お不動さんの滝に行ってはならないときつくきつく言われた。何故なら好奇心の固まりで冒険の大好きな子ども集団だったから特に心配だったと思う。

 そんな言葉も何のその山のてっぺんの秘密基地に集まったら父親の心配もすっかり忘れて五〜六人の遊び仲間がお不動さんの滝探検に出発した。

 そこまで行く道は、林道の下にある旧道を行く。崩れかけたトンネルがあり、人が一人斜めになってやっと通れる小道があり、水道管の一本橋がある。10メートルくらいの裸の鉄管の上をバランスを取りながら1人づつ渡る。中には怖がるやつもいたがそんなやつは鉄管にしがみついてはって渡らせた。

 今から思うとその鉄管の下は20メートル以上の深い沢がになっており、旧道自体が沢にしがみつくように造られた道で今から思うとぞっとする。

 やっとお不動さんの滝にたどり着いて「ああ、ここでばあさんたちが亡くなったんだ」と大きな岩を越えながら滝壺に着いた。それは15メートルくらいの大きな滝だったと思う。お不動産はその滝壺のそばのご神木に祀られていた。

 それから滝の上に行ってみようと言うことになり、みんなで滝の上まで登っていった。滝に注ぐ川はさほどの水量もなく平らだった。安心して歩き出したとたん、苔に足をとられつるりと滑って尻餅をつき滝壺に向かってつつーっといってしまった。その時どういう訳か上手く滝壺にはまるように落ちれば助かるかもしれない。どういう体勢で落ちようか。などが頭をよぎった。一緒にいった仲間の顔が恐怖に歪んでいるように見えた。ところがもう少しという所で、20センチ手前の岩が乾いていてぎりぎりで止まった。

 それから直ぐにここは危ないと実感してみんな帰ることにした。帰りはみんな旧道を行くのが嫌だというので沢くだりして行くことにした。その道は途中から秘密基地の山に抜ける秘密の道だった。

 大雨の後の沢には化石や貴重な岩が流れ出ている。大きな年輪の化石が真ん中にある漬物石くらいの岩を見つけた。年輪だけ欲しかったので近くの石で周りを割った。その年輪も大人の太ももくらいで長さ30センチくらいの岩だった。

 家に帰ったら、親戚のおじさんがいたので岩を見せたらびっくり。この岩はおじさんの床の間に飾ってある化石と同じ貴重な石で、周りの岩を磨くと黒く光る。そうなると当時で50万円くらいの価値があると言っていた。ものの価値を知らないやつは困ると叱られた。

 その後大きくなって秘密基地を見に行ったがもう木は倒れて粉々になっていた。
 お不動さんの滝に行くトンネルは完全に塞がり、道も通れなくなっていた。今思うと滝の上で助かったのが不思議なくらいの奇跡だと思う。

 最近沢にヘリコプターが墜落し、日テレの記者とカメラマンが取材に行って亡くなっている。沢は楽しいようで本当はものすごく危険。危険を意識出来ない危険こそ本当に怖い。

 子どもの頃は、危険を意識しないで楽しいことばかりで遊んでいたが今から思うと良く生き延びてきたとしみじみ思う。

 沢には絶対に行っちゃいけない。といった父の怖い顔が目に浮かんでくる。

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